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てんぱ日記4

就活が終わり卒業単位も取得済みでそのうえ卒論も書かないという圧倒的暇をもて余した僕がブログを再開したんですけど暇な日は書くことなくて暇じゃなかった日はもう書くのめんどいってなるこの葛藤を乗り越えて書いてる暇人の暇人による暇人のための別に今流行りの意識高い系ブログではないのでまずは気楽にブックマークするところから始めてみたら良いと思うよ。

高校受験について今思ったこと。

 

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僕が担当している生徒たちの、公立高校合格発表の日が明日となりました。塾長からメールで、結果が報告されると思います。

 

 

 

 

 

 

正直、厳しめです。うん。通知表の数字と模試の判定、そして毎週接してきた感じから判断してです。まだ結果はわかってません。けど担当生徒たちの学力を目標まで上げることができなかったことは、間違いなく学生時代の後悔です。あとは着物デートがしたかった。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、こんなこと言っては講師失格かもしれないけど。高校受験の結果なんて、どうでも良いと思ってるんです。

 

 

 

 

 

 

 

人ってなんのために生きているのかとか、なぜ今を頑張っているのかって考えると。「幸せになるため」だと思うんです。表現の仕方こそ違えど、幸せになりたいってのはみんな共通だと思うんです。

 

 

 

 

 

 

じゃあそこで「幸せ」ってなんなのかって考えると、「お金持ちになる」「素敵な家庭を築く」「世界中を旅行する」とか。志の高い人は社会全体のことを考えたり、逆に自分にとっての幸せってのをイメージすらできない人もいると思います。ちなみに僕にとっての幸せは「世界征服」です。

 

 

 

 

 

ここでちょっと考えてほしいのが、思い浮かべる「幸せ」の中に「高校受験合格」ってないと思うんですよ。「あなたにとっての幸せとは?」「うーん・・・公立高校合格!!」なんて答える中学生いないでしょ?だから、高校受験って結局その程度のことなんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

そりゃ何か月か必死に勉強した結果が報われたら、それはそれで最高です。思い切り喜んで鼻伸ばして遊びまくれば良いと思います。ただ逆に落ちてしまったとしても、別に大したことではないと。失敗したからこそ、出会える人がいてできる経験があるんです。上手くいかなかったからこそ、自分を奮い立たせることもできるんです。ダメだったとしても、結局はまた違う道がずっとつながっていくんです。人生が終わったわけじゃないんですよね。

 

 

 

 

 

 

あとひとつ。高校受験に失敗したからといって、別にその人の存在が否定されるわけではないのだと。落ちたところで友達はずっと遊んでくれるし、家族はずっと大切にしてくれます。全然問題ない、大丈夫なんだよね。

 

 

 

 

 

 だから落ち着けと。受かる人は受かる理由があるし、落ちる人は落ちるだけの理由がある。どうせもう結果は決まってるんだから、ジタバタするなと。気楽にテキトーに、あとはここまで支えてくれた先生や家族に胸を張って「終わったぁ!」って言えるよう全力で頑張る。

 

 

 

 

 

 

 

拙い文章だけど、1年半塾講師をやってきて感じたことです。こーゆうことを意識できていたらまた違った高校受験になっていただろうなあ。別に後悔はしてないですけどね。「その失敗は自分の幸せにとって妨げとなっているのか?」「自分の周りには必ず人がいてくれる」。これらを意識してればきっと社会人生活も乗り越えられると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マジメに語っちゃったなあ・・・そろそろ下ネタ書かんと。

 

 

 

 

 

 

でわ。